南陽寺にまつわる〝よもやまばなし〟

南陽寺の鐘
南陽寺の鐘が〝時〟を告げ始めたのは、慶安四年(一六五一)と伝えられている
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南陽寺境内の記念碑(歌碑等)
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岩倉公供奉時代
余は丹波国園部、小出信濃守の藩士であるが、文久三年余の十六歳のとき江戸へ出て
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お札踊り
その頃大垣の藩士に井川五蔵といふ人があった
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小栗上野介の最後
それから東山道総督に従い攻め下ったが、三月上州簗田で官軍と幕軍が衝突した
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